陸上競技マガジン2013年12月号
特別リポート 東京国体女子4×100 mR優勝
岩手女子短距離が躍進した理由

●信じられない利得タイム
 44秒86の国体チーム日本最高記録も、岩手県が国体を制覇したことも、どちらも陸上界を仰天させるのに十分だった。これまでの岩手県最高記録は昨年の国体でマークした45秒99。数年前までは予選でその組の最下位が続いていた県である(表参照)。岩手県内の関係者からも「奇跡じゃないか」という声すら挙がった。
 メンバー4人中3人が、個人で全国大会優勝を経験していたのは大きかった。だが、100 mのタイムを見たら1走の川村知巳(盛岡一高)は12秒31、2走の小山琴海(盛岡誠桜高)は12秒03、3走の土橋智花(同)が12秒00、4走の藤沢沙也加(セレスポ)は11秒99にすぎない。4人の合計タイムは48秒33で、バトンパスによる利得タイムは3秒47だった。
 日本記録の43秒39を出したメンバー4人の合計タイムは45秒38で、利得タイムは1秒99である。岩手県の記録は信じられないレベルと言っていい。
 しかし、「バトンはどこも、どん詰まりでしたね」と、岩手県のスタッフ陣は口を揃える。バトンパスでなければどうやってタイムを短縮したのか。岩手県女子リレーの快挙の背景には何があったのだろうか。
●「じぇじぇじぇー」の走り
 決勝のレースを振り返ってみたい。
 1走の川村は少年B200 mの優勝者で絶好調だったが、東京の坂内睦(東女体大AC)と静岡の松本沙耶子(静岡市立高)の2人からは後れていた。
「決勝はフライングが心配で、準決勝や200 mと比べたら思い切り走れなかったと思います。バトンパスもこんな感じで琴海さんに渡しました(写真参照)。アップのときに前日の準決勝より動けていなくて、琴海さんが慎重に出られたのだと思います」
 だが、2走の小山はそれほど詰まった感じはしなかったという。バトンパスの距離は近かったが、加速は上手くできていたのだろう。
 2走には東京の藤森安奈(青学大)や北海道の北風沙織(北海道ハイテクAC)がいた。小山よりも0.3〜0.6秒も上の選手たちだが、「加速後の走りなら、そこまで離されない」(盛岡誠桜高・村上亮先生)という特徴を小山は持つ。東京がバトンパスで大きく減速したこともあり、小山は後半に少し離されたくらい。
 ただ、3走の土橋へのバトンパスは詰まってしまった。
「予選と準決勝はピッタリできたのですが、決勝は藤森さんや福島の千葉(麻美・東邦銀行)さんたちに引っ張られたからだと思います」
 3走の土橋はコーナーの走りが抜群に速い。昨年のインターハイで2位になったときも、50m〜100 mと、100 〜150 mの区間タイムは一番だった。今国体では少年A100 m4位と、この種目では全国大会最高順位。向かい風0.2mで12秒00の自己新をマークした。
「外側のレーンに東京が走っていたので、一番のライバルを抜こうと思っていました」
 4走へのバトンパスも詰まり気味だったが、岩手が2位以下を2〜3mはリードしていた。今は400 mで活躍している藤沢だが、昨年前半までは200 mがメイン種目。岩手大時代に指導した清水茂幸部長(東京国体では岩手県監督)が「加速したら日本のトップレベル」という走りで東京に詰められることなく逃げ切った。
「4走は福島(千里・北海道・北海道ハイテクAC)さんや渡辺(真弓・福島・東邦銀行)さんら、すごいメンバーでしたから緊張しましたし、必死でした。でも、自分の走りができなかったら元も子もないので、落ち着くよう心がけて走りました」
 表彰後には今年テレビドラマで流行した「じぇじぇじぇー」を4人そろって叫び、岩手の優勝を高らかにアピールした。
●3年間で最高の状態だった土橋
 岩手県の女子短距離が強くなったきっかけとして、3年前の土橋の200 m中学新(24秒12)を挙げる指導者が多い。自己記録を0秒74も更新した土橋自身も驚いたが、岩手県の選手・指導者にとっても衝撃的だった。
 岩手大の清水部長は「関係者全員が“エーっ”と感じたと思います」と言う。「それに刺激を受けた大学生の藤沢や田村(友紀・岩手大)が、中学生に負けられないと頑張って結果を出し、それに引っ張られて高校生が頑張った。土橋の中学新が岩手県を活性化させたのは間違いないでしょう」
 その土橋の高校3年間は、必ずしも順調ではなかった。
この続きは陸上競技マガジン2013年12月号でご覧ください。
以下のように続きます
●刺激し合って成長した藤沢と田村
●藤沢の日本インカレ優勝と田村の日本代表入り
●日本代表の代役だった小山
●リレーに勢いをつけた川村の成長
●スーパーキッズと草の根的活動
●復興と並行した強化

誌面掲載できなかった写真
藤沢沙也加(左・セレスポ)と田村友紀(岩手大)の岩手大先輩後輩コンビ。田村は東アジア大会では4×100 mRの代表だったが、12月2日に発表されたリレーのナショナルチームでは4×400mRチーム入り。田村は全国大会で400mを走ったことはなく岩手大の清水茂幸部長は「本人も僕も意外でした」と話す。「しかしチャンスをもらったからには、この冬は400 mを走れる練習をきちっとして、来年はそれなりの結果を出せるようにします。それが200 mのタイムアップにもつながるようにしたい」
盛岡誠桜高の練習で後輩たちの先頭に立つ小山琴海(左)と土橋智花
盛岡一高の3人が加わると雰囲気が一気に盛り上がった。左から川村知巳、小山、土橋、荒川沙絵、佐々木天
盛岡誠桜高の玄関には土橋、小山の国体活躍を記した懸垂幕とともに、女子駅伝の全国高校駅伝出場の懸垂幕も掲げられていた
取材中、国体の1・2走のバトンパスが詰まった様子を再現してくれた川村(右)と荒川


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