オリンピアン2003年5月号
特集 アテネ・オリンピックへの道
陸上競技

●高橋の金字塔が隠したシドニーの不振
 文字通りの金字塔だった。陸上競技女子史上初、そして陸上競技戦後初――「日本選手が金メダルを取るのを見られたら、この職をやめてもいい」と言った専門誌編集者もいた。高橋尚子による女子マラソン金メダルは、陸上競技関係者の悲願達成の瞬間でもあったのだ。しかし、彼女の金メダルをもって、日本の陸上競技史にピリオドが打たれたわけではない。選手たちのパフォーマンス向上への営みは、永々と続くのである。
 それを考えたとき、シドニー五輪の陸上競技全体の出来は、決して喜べるものではなかった。予想以上の頑張りを見せたと言えるのは、アフリカ勢圧倒的有利の下馬評を覆して7位入賞を果たした男子1万mの高岡寿成と、女子走高跳11位の太田陽子くらい。女子マラソンで山口衛里が7位に入ったが、もう少し上の順位も可能と思われたし、男子4×100 mRも6位入賞を果たしたが、3走の末續慎吾が故障で減速する不完全燃焼ぶり。男子400 mHとハンマー投、女子1万mなど全体的には予想を下回る出来だった。
 その不振を一気に挽回したのが、翌01年のエドモントン世界選手権。男子ハンマー投で室伏広治が銀メダル、400 mHで為末大が銅メダルを獲得したのである。投てき種目とスプリント系種目のメダルは、五輪・世界選手権を通じて史上初の快挙。長年、日本が不得手と言われてきた種目だけに、価値はとてつもなく大きかった。
●パリ経由でアテネへ
 アテネ五輪の前にクリアしなければならないのが、今年8月にパリで行われる世界選手権(隔年開催)である。日本陸連は1月の強化委員会でパリ・アテネとも「メダル2個・入賞4個」と目標を掲げた。同時に、“メダル獲得と入賞を目指す”重点強化種目を以下のように指定した。
・女子マラソン
・男子ハンマー投
・男子400 mH
・男子マラソン
・女子長距離
・男子4×100 mR
・男子競歩
 エドモントンでは室伏と為末の他に、女子マラソンで土佐礼子が銀メダル。さらに同種目で4位、男子20kmWで7位、4×100 mRで5位と健闘した。競歩種目の入賞も、五輪・世界選手権を通じて初めてだったし、男子ショートスプリント(100 m&200 m)で3人が準決勝進出、女子走幅跳で決勝進出を果たしたのも、アテネ五輪に向けて明るい材料といえた。
 これらの実績と世界の情勢を分析して、上記のような目標と重点強化種目が決められたのだろう。4番目までの種目がメダル候補で、そのうち最低でも2種目でメダルを取る、という陸連の強い意思が見て取れる。だが、“目標”というよりも“予想”に近い、現実的な数字だという意見も出た。
 まずは今年のパリで、エドモントン並の3個のメダルを獲得したい。確かに、女子マラソンで高橋と土佐の両メダリスト、男子マラソンで昨年世界歴代4位(=日本最高)を記録した高岡を欠く陣容だ。しかし、女子マラソンで五輪・世界選手権5大会連続メダル獲得してきたのは、毎回違った選手である。層の厚さも日本の武器なのだ。
 そして男子400 mHと4×100 mRも、客観的には楽な状況ではないが、メダルに手が届かないわけではない。重点強化種目から漏れてしまった女子走高跳も、太田と日本記録保持者の今井美希の2枚看板を送り込み、どちらかが入賞したい種目。何より期待したいのが、朝原宣治の100 mと末續慎吾の200 m。ショートスプリントで戦後初の決勝進出(=入賞)が実現すれば、世間的にも注目の高い種目だけに、一気に盛り上がるだろう。メダル有望の室伏以外の非長距離種目が奮起すれば、アテネの目標数値も変わってくるかもしれない。
●五輪選考会スタート
 アテネ五輪の選考会第一弾は世界選手権。メダルを取れば自動的に五輪代表に内定する(1種目に複数のメダリストが誕生した場合は上位者1名)。女子マラソン、男子ハンマー投などは、パリでアテネ切符が発行される可能性が大きい。
 世界選手権が終わると、*ページの表のようにマラソンと競歩の選考会は、今年11月からスタートする。高橋は11月の東京国際女子マラソン、高岡と前日本最高記録保持者の藤田敦史は、12月の福岡国際マラソンへの参加をすでに表明している。早めに出場を決めることで、ピーキングなど練習の流れを明確にできるメリットがある。
 トラック&フィールドの選考会は来年4月以降だが、今年の1月1日から参加標準記録の有効期間に入った。最初の突破は2月の日中対抗室内横浜大会での女子砲丸投と女子800 m。ともに地元開催の64年東京大会以降、五輪派遣ができなかった種目である。
 アテネ五輪での理想は、シドニー五輪とエドモントン世界選手権を合わせた成績を、一度に残すこと。その2大会でメダル&入賞の種目(プラス女子長距離)が重点強化種目となっているわけだが、他種目から1つでも入賞候補者が現れれば、重点強化種目の選手も余裕を持つことができる。そして、女子800 mや砲丸投のように陽の当たらなかった種目が頑張ることで、陸上界全体が活気づく。アテネで理想的な成績を残すためには、絶対に必要な要素だろう。


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