2001/2/5

またも陸上界に衝撃!!
90年代日本陸上界に大きな足跡を残した
リクルートが9月限りで休部
金監督、志水らの今後の動向は?


★「地域密着型のクラブを」と金監督
 リクルート・ランニングクラブが今年9月いっぱいで休部することを発表した。理由は「厳しい経済環境の中、スポーツに対する取り組みの意義についても問い直す必要に迫られた」とのこと。なにやらカッコをつけた言い方だが、平たく言えば、“もう陸上競技に予算を出せない”ということだ。金哲彦監督は受け入れ先の新たな実業団を探さず、地域密着型のクラブの創設を目指すという。「移籍を考えなかったのは、結局、(経済事情による休部は)日本のスポーツの構造的な問題と感じたから。同じことが起こる可能性は消えないし、それならば地域と共存共栄する形を模索するしかないと思った。実現は簡単ではないがチャレンジしたい」。志水見千子らも行動を共にする予定だ。
 なお、有森裕子(リクルートAC)との契約は従来通り続けるという。
★木下哲彦→金哲彦の入社で創部
 リクルート・ランニングクラブの創部は86年。早大から入社した金哲彦が先輩社員とともに発足させた。金は早大時代4年連続箱根駅伝の5区を走り、2年連続区間賞を獲得した選手だが、就職はあくまで“一般入社”。創部当初は、通常の業務を朝から夕方までこなし、練習との両立をしなければならなかった。
 87年に市船橋高から鈴木博美(現積水化学)が入社。88年には小出義雄監督を迎え、強化が本格化した。その後のオリンピック代表、日本記録更新者、全日本実業団女子駅伝の成績は以下の通り。
 なお、一部報道で佐倉を拠点に誕生したとあるのは誤りで、小出監督就任から数年間は船橋に拠点を置いていた。佐倉に現在のクラブハウスができたのは、バルセロナ五輪後のこと。

★リクルートの生んだオリンピック代表全成績
選手名 場所 種目 ラウンド 記録
五十嵐美紀 1992 バルセロナ 女10000m 決勝 14 32.09.58
五十嵐美紀 1992 バルセロナ 女10000m 予選 2 10 32.45.47
鈴木 博美 1992 バルセロナ 女10000m 予選 1 18 34.29.64
有森 裕子 1992 バルセロナ 女マラソン 決勝 2 2.32.49.
志水見千子 1996 アトランタ 女5000m 決勝 4 15.09.05
志水見千子 1996 アトランタ 女5000m 予選 2 2 15.23.56
鈴木 博美 1996 アトランタ 女10000m 決勝 16 32.43.39
鈴木 博美 1996 アトランタ 女10000m 予選 2 7 31.54.89
有森 裕子 1996 アトランタ 女マラソン 決勝 3 2.28.39.
志水見千子 2000 シドニー 女5000m 予選 10 15.48.20

★リクルートの日本記録更新者
選手 種目 記録 年月日
吉田直美 3000m 9.02.56 1989/9/30
五十嵐美紀 5000m 15.23.36 1994/9/15
志水見千子 5000m 15.09.05 1996/7/28
鈴木博美 1万m 31.19.40 1996/6/9
有森裕子 マラソン 2.28.01. 1991/1/27

★リクルートの全日本実業団女子駅伝成績
順位 区間賞 備考
1988 4
1989 3 有森裕子・5区
1990 2
1991 2 鈴木博美・2区 志水見千子・5区 この年まで全5区間
1992 4 この年から6区間に
1993 1 宮崎安澄・2区 吉田直美・4区 鈴木博美・6区
1994 1 志水見千子・1区 鈴木智香子・2区 五十嵐美紀・3区 足達美香・4区 吉田直美・6区
1995 2
1996 2 鈴木智香子・4区
1997 27 小出氏移籍
1998 29
1999 13
2000 12

★リクルートの功績
 92バルセロナ五輪、96アトランタ五輪と、ともに3人の代表を女子長距離種目だけで送り込んだのは驚異的だ。その自由で溌剌とした社風から、出版界にも多くの人材を送り込んでいるリクルートだが、同様に陸上界にも多くの人材を送り込んだ。現在は積水化学籍だが、鈴木博美と高橋尚子はもちろん、コーチとしてもリクルートから順大を経て、玉川大監督となった山下誠氏は、陸上界の無名校をインカレ女子中・長距離の強豪に押し上げた。
 だが、小出監督時代には部長と監督との対立から、小出監督の中傷記事が週刊誌に載るなど、内紛が表面化した時期もあった。小出監督は97年に積水化学に主力選手の多くとともに移籍。戦力は弱体化した。
 リクルートは金監督が選手として創設し、小出監督を迎えて発展、全盛期を迎え、金監督が幕を引く形となった。小出監督は自らの手腕の発揮しやすい会社として、その歴史・社風からリクルートを選んだが、金監督はその創設と終焉の当事者というなんとも言い切れない役目を担うこととなった。