2005/9/9
「つくばエクスプレス」開通記念エッセイ
筑波大400 mブロックは、黄金時代を超えたか?


 8月24日、新線「つくばエクスプレス」が開通し、筑波大のあるつくば市と秋葉原が約45分でつながった。筆者も9月4日に日本陸上学会取材のため、さっそく利用した。以前は土浦駅からバス、あるいは東京駅からバスを利用するしか交通手段はなかった。特につくばから東京に向かうバスが、都心近くでまったく動かないのには辟易した記憶があるだけに、感慨深いものがあった。

@筑波大新記録を連発する現役学生

 つくばエクスプレスの開通に合わせたかのように、今年の筑波大には勢いがある。短距離・ハードル種目での筑波大新記録が連発されている。筑波大記録イコール、学生歴代上位記録であり、種目によっては世界にも通じる。
 筑波大短距離障害ブロックのサイトで今季の新記録がチェックできる。男子の110 mHでは4年生の大橋祐二が13秒65、13秒57と学生歴代2位を連発。世界選手権A標準に0.02秒まで迫った。400 mHでは3年生の成迫健児が48秒35の学生歴代2位。成迫は世界選手権で準決勝まで進出し、ユニバーシアードでは金メダルを獲得した。
 400 mでも4年生の井上洋佑が、6月の日本選手権で46秒31の筑波大新。そして成迫が日本インカレで46秒16と更新した。
 その中でも特に、400 mと400 mHの筑波大新記録に注目したい。というのも、筑波大サイトの歴代10傑リストにあるように、400 mの前筑波大記録は磯部友晴が1983年にマークした46秒32、400 mHの歴代2位は長尾隆史が1978年に出した49秒59だった(400 mHについてはすでに昨年、成迫が破っていたのだが)。この2つの記録が、筑波大400 m&400 mHの黄金時代を象徴する記録なのだ。

 もう1つの象徴的な出来事がヘルシンキ世界選手権で見られた。成迫は400 mHで準決勝に進出しただけでなく、4×400 mR日本チームの2走を務めた。審判の不的確な指示もあって失格となってしまったが(走り始めた位置がテークオーバーゾーンの手前だった)、手元の計時では45秒63と、まずまずの走り(本人は不満足な走りだったようだが)。ヘルシンキで走ることはできなかったが、井上も日本選手権3位の成績で代表に選ばれた。OBも含めた筑波大選手の4×400 mR出場は、第1回のヘルシンキ大会以来のことだった。
 この22年ぶりの世界選手権4×400 mR出場という事実と、400 m磯部と400 mH長尾の記録が、筑波大黄金時代を偲ばせる要素である。

A四半世紀前の黄金時代

 1970年代終盤から80年代序盤、筑波大は4×400 mRで黄金時代を迎えていた。日本インカレは77〜82年まで6連勝。それを支えたのが、下記の選手たちだ。
長尾隆史 400 m・46秒82(1975=高) 400 mH・49秒59(1978)
川本和久 400 m・47秒5(1979)
名取英二 400 m・46秒64(1979)
吉松幸宏 400 m・46秒7(1982=教) 400 mH・50秒04(1980)
磯辺隆之 400 m・46秒72(1981)
麻場一徳 400 m・46秒80(1983=院)
望月勇志 400 m・47秒8(1983) 47秒56(1980=高)
小池弘文 400 m・46秒88(1983)
磯部友晴 400 m・46秒32(1983)


 長尾の400 mH・49秒59は日本記録というだけでなく、その年の世界リスト11位と国際レベルの記録だった。80年のモスクワ五輪代表(日本はボイコット)。同学年の川本は現在、福島大監督として何人もの日本記録保持者、日本代表を育成し、指導者としての印象が強い。だが、79年の47秒5は日本リスト5位で、選手としても強かった。現在の感覚では47秒5は大したことのない記録だが、当時はとは“時代が違う”。トレーニング法も、“走り方”も、トラックの材質も違った。その年は吉松も47秒5で、日本リスト上位6選手中4人が筑波大の選手だった(名取46秒64、長尾47秒49)。
 長尾・川本の1学年下、名取の46秒64は当時、電気計時の日本記録。長尾と名取の両日本記録保持者が在籍した頃が最初のピーク期。800 mでも強かった磯辺、現在は指導者として活躍している麻場らが伝統を受け継ぎ、81年入学組の東海地区三羽烏、磯部・小池・望月の同学年トリオが揃って力をのばした頃が2度目のピーク期だった。なぜかインカレの4×400 mRは勝てなかったが、磯部の46秒32は当時の日本歴代2位。前年までの日本記録を上回った。小池は88年ソウル五輪代表になっている。

筑波大黄金時代は国際舞台の戦績でも見ることができる。準決勝に進出した1983年の第1回世界選手権の4×400 mR。出場4選手中1走・麻場、2走・磯部、3走・小池と、4走の高野進を除く3人を筑波大選手が占めていたのだ。

B2005年と黄金時代を比較すると?につづく


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